ドイツと対テロ戦争

 

 連邦議会で、社会民主党(SPD)の議員団を率いている院内総務ペーター・シュトゥルック氏は、前のシュレーダー政権で国防大臣だった時、こう言ったことがある。「ドイツの安全は、ヒンドゥクシュで守られる」。冷戦後の今日、ドイツがかつてのワルシャワ条約機構軍のような、敵軍に侵略される危険はなくなった。

むしろ今日のドイツにとっての脅威は、アル・カイダのように、ヒンドゥクシュ山系がある中央アジアで、狂信的なテロリスト集団が勢力を伸ばし、ドイツ国内で9・11事件のような大規模なテロ事件を起こすことである。したがって、ドイツ軍は中央アジアまで足を延ばして、ヨーロッパでテロを起こしそうな集団と戦わなくてはならない。

こういう理屈に基づいて、今ドイツ軍の兵士たちは、アフガニスタンに派遣されている。一見もっともらしく聞こえるが、ドイツにとっては大きな危険を伴う綱渡りだ。大半のドイツ兵士は、ISAF(国際安定化部隊)の一翼として、比較的情勢が安定している北部に投入されている。だがアメリカの対テロリスト作戦「永続的な平和(Enduring Freedom)」に参加している2000人の兵士たちは、タリバンが勢力を回復しつつある、アフガニスタン南部にも投入されている。

アフガニスタンでは、今年に入ってから外国兵士を狙った爆弾テロが、去年に比べて大幅に増えている。イラクと同じく、土の中に砲弾などを埋めて、外国軍の兵士が通りかかると、無線などで炸裂させる路側爆弾(
IED)による被害が増えつつある。

幸い、ドイツ軍兵士の被害は今のところ少ない。しかし、アフガニスタンの治安が急激に悪化しつつある今、彼らのリスクは高まっている。ドイツ連邦軍が創設されて以来、最も危険な任務になりつつある。

さらに最近になって、ドイツ軍の名誉に汚点となりかねない事実が発覚した。ブレーメン生まれのトルコ人ムラート・クルナツ氏は、9・11事件の直後に、パキスタンの捜査当局に逮捕され、アメリカ軍に引き渡された。アメリカ軍は彼をアフガニスタンの収容所で尋問した後、グアンタナモのテロ容疑者収容所に送った。彼は、起訴もされず、弁護士の接見も許されないまま、約5年間にわたり拘束された後、今年8月にようやく釈放された。そしてアフガニスタンの収容所にいる時に、アメリカ人だけでなく、ドイツ人にも尋問され、暴行を受けたと訴えている。ところが国防省の調べで、ドイツの特殊部隊であるKSKの隊員たちが、クルナツ氏のいた収容所の警備に当たっていたことが明らかになったのである。

このため連邦議会は、この問題について調査委員会を設置することを決定し、事実関係の究明にあたることになった。もしも彼の証言が事実とすれば、ドイツ軍兵士が、アメリカ軍の人権を無視したテロリスト捜査に手を貸していたことになり、重大な問題である。グアンタナモを始めとする、アメリカの超法規的な措置には、世界中から批判の声が上がっている。こうした態度を批判してきたドイツ政府にとって、
KSKが人権侵害に関与していたとしたら、きわめて都合の悪い状況が生まれる。連邦軍の名誉を守るためにも、徹底的な解明を望みたい。

 

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週刊ニュースダイジェスト 2006年11月3日